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香芝の民話池の主評定

ページID:0004165 更新日:2018年12月20日更新 印刷ページ表示

池の主評定1

「分川池(ぶんがわいけ)には、主(ぬし)がおるらしい。」
ひとりの男が、突然飲みさしの湯呑茶碗(ゆのみぢゃわん)を下において言い出した。
ここのところ、何日も雨が続いていて、山へも野良(のら)へも出られんもんやから、村の男が何人か寄っては、昼間から酒を飲んで暇(ひま)つぶしをしておった。

池の主評定2

「池の主の話は、あっちこっちでよう耳にするが、『主』というんは一体何なんやろ。」
ひとりの若い男が、分別(ふんべつ)くさい顔でそう切り出した。
「主と言うのんはなあ。白蛇(へび)や。
何百年も何千年も住みついとる大きな白蛇や。」
一番年かさの男が、まるで自分の眼で見て来たようにそう云う。

皆は、少しの間、押しだまったまま酒を飲んだ。

池の主評定3

池へ鮒(ふな)釣りに行ったまま行方が知れぬ男のこと。
山菜(さんさい)とりに分川池の近くまで行った女が帰って来なかったこと。
それぞれに、そんな出来事を知っていたし、今あらためて思い出してはいたが、誰もそれを口には出さなかった。
「あれもこれも池の主のしわざやろか。」
と内心思っていても、「そうや。」と言われるのが恐ろしかったのや。

池の主評定4

長雨もやっとあがって、村の人はもと通り外でよく働いた。
「池の主」の事を考えている暇もないほど、忙しい毎日だった。
ところが、ある日の夕方、帰り道でつれになった二人の男が、何やらひそひそ立ち話をしている。
若い方の男が「おれ、池の主を見たで。」と、ささやいたのが始まりや。
「池の主を見たもんがある。」という噂(うわさ)は、あっという間にひろがった。

池の主評定5

都合の良いことか悪いことか、二、三日して大雨になった。
先の男たちは、ひとり残らず、村のお宮さんの社に集まって来た。
口火を切る者もなく、皆はやたらに酒をあおった。
「実はな。池の主を見たんや。」
やっとのことでひとりの男が切り出した。
「うすくらがりで、あんまりはっきりはせんが。」
男の声は、消え入るように低い。

池の主評定6

みなは、じわじわと身を前に寄せて、人の輪(わ)は小さくなった。
「太さは床柱(とこばしら)ぐらいや。」
「ええっ。それで長さは。」
「わからん。頭の方も尾の方も笹(ささ)の中にかくれとったんや。」
「ほんなら色は。」
「わからん。草色やったような。土色やったような。」
「はっきりせんかい。そいつは動いとったんか。」
「わからん。見てるときはじいっとしとったが、ちょっとよそ見したまに、そこにおらんかった。」
問いつめられて、男は泣き出しそうになった。

池の主評定7

「短い足がはえとったやろが。」今までだまっていたひとりが云った。
「水かきあったやろ。」別のひとりが云った。
「えらがあった。」
「尻尾があった。」
「うろこがあった。」
「ああだ」「こうだ。」と、大さわぎになった。

結局みなが、誰にも云わずに、ようすを探りに行ってたんや。

池の主評定8

蛇の胴体(どうたい)を見て来た者。
鯉(こい)の背中を見て来た者。
大うなぎを見て来た者。
がま蛙(がえる)に出会った者。
それぞれが、自分が見たものこそ池の主やと思いこんだ。
余りのおそろしさでそれらは全部、とてつもなく大きかった。

池の主評定9

「ほんなら一体、分川池のほんまの主は何なんや。」
分別(ふんべつ)くさい顔がそう云った。
こんどはもう、誰も何も云わんかった。
「池の主が何もんでもええ。
近寄って食われんようにさえすればええんや。」
みなは腹の中でそう思っていた。

池の主評定10

「今夜は、やけに酒が減った。」
雨の中を、ちりぢりに家に帰る男たちの足どりは重かったが、誰ひとり酔っぱらっている者はいなかったそうや。
ああ こわい、こわい。


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