ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 石器のふるさと香芝 > (5)平安期の仏教遺産

本文

(5)平安期の仏教遺産

ページID:0007565 更新日:2021年12月13日更新 印刷ページ表示

平安京と藤原氏の全盛期

(1)律令制から荘園支配への移行

(2)式内の古社

(3)葛城の修験道

(4)源信僧都の誕生地

(5)平安期の仏教遺産

 奈良時代に教学の殿堂として僧侶の研修の場であった寺院は、平安期になると、天台宗や真言宗が開かれて、日本古来の神々と結びついた神宮寺が建立され、加持祈祷を重視する神仏習合の風がおこって、祈りの場となる。
 更に浄土教が発達普及するに及んで、極楽浄土の華麗な世界へ往生できることを信じ、阿弥陀堂建立の風潮が現れる。
 この間、香芝市内にも、密教や浄土教の仏教文化が伝えられていたはずであるのに、現在その遺産はきわめて少ない。
 しかし、皆無ではなく、その面影だけは伝えているようなので、そのいくつかをとりあげてみることにしたい。
 逢坂の西念寺は現在浄土真宗本願寺派の寺院であるが、境内の薬師堂に像高五十六センチの木像が祀られている。
 堂名に示されているように薬師如来像といわれているが、傷みがはげしく何像かは不明としかいいようがない。
 ただ一木造の木造は、平安初期の古式を示す造像で、密教関係の仏像ではないかと思わ
れる。
 そのうえ、石製の神像も一緒に祀られており、共に大坂山口神社の境内にあったと伝えられていることから、山口神社の神宮寺のものであったと考えられる。
 だとすれば、平安時代の初期に香芝市にも、密教文化が流布していたことが考えられる。
 五位堂の宝樹寺には、藤原期とみられる阿弥陀三尊
像が本尊として祀られている。
 この三尊像は、別所にあった阿弥陀堂から移されてきたとの伝承がある。
 かつて、別所に安養院の地名があって、安養院の阿弥陀堂であった可能性が高い。
 とすれば、浄土教の発達に
伴って、この地方の有力者か、荘園の領主が阿弥陀堂を建立して、阿弥陀三尊像を造立したとみることができよう。
 また、別所の阿弥陀寺にも平安時代の阿弥陀如来坐像や十一面観音立像・仏頭が伝えられ、長福寺にも平安期の聖観音立像があり、この地域に平安時代の仏教遺産が多く伝えられていることに注目したい。
 更に、下田の鹿島神社の結鎮座文書にみえる法楽寺には、鹿島社の結鎮座以前から仏教的行事として法楽寺で結鎮祭が行われていたとの伝えがある。
 また、阿日寺の客仏として祀られている大日如来坐像は、近くの真言宗常盤寺の本尊で、国の重要文化財に指定されている。
 平成六年、香芝市の文化財に指定された平野正楽寺境内の石造阿弥陀如来坐像も、平安時代後期の造立で、古墳の石棺材を転用した可能性も考えられている。
 このように、市内では平安時代の仏像や平安期創建とみられる寺院がいくつか考えられる。

(6)興福寺の平田荘と片岡荘